インペリアル・グリーン
 



 ドーム球場というものは、そこにいるのが昼間である場合ほど、今現在の時間帯が分かりにくく閉塞感が気になるものだが。今日は外のお空もどこか似たような色合いだったし、しかも風が冷たくて居たたまれないほどだったので。場内の観客席へ落ち着くと、冗談抜きにホッとした。
「そこへ加えて熱気もあるからな、中の方が断然過ごしやすいって。」
 さすがにコートは脱げないけれど、それでも身がすくむほどもの寒さはなく、この時期には珍しくも満員と化している場内であり。いよいよ始まるビッグゲームを前に、むしろ興奮して来て暑いほどだと言い出す親友のレシーバーくんに、
「そだね♪」
 うんうんと、こちらも嬉しそうに同意する。某プロ野球チームのホームグラウンドとして超有名な、別名“ビッグエッグ”と呼ばれてもいるドームスタジアムだが、今日のところは全く違うスポーツ仕様の整備が施されており。目に鮮やかな人工芝には、昔のボードゲームを思わせるような意匠の、ラインが5ヤードごとに入った長四角のフィールドが観客席から見下ろせる。試合で使うそこだけを避けるようにしてのグラウンド上では、ウィンドブレーカー姿のとんでもなく沢山の人たちが、立ったり座ったり駆け回ったりと、そりゃあ慌ただしくも忙しそうに動いており。けどでも何でか、そんな“準備”の様子さえ、いよいよ始まる“本番”の前哨戦には違いないと思えば、見ていてワクワクしてしまう他愛なさ。
「…あ、そろそろだ。」
 広いグラウンドの左右両外野へ、対面同士になるように組み上げられた、カーテンつきの巨大なゲートが二つ。その周辺へと、チア・リーダーの女性たちが居並ぶ。中継用の撮影機材を抱えたスタッフたちもスタンバイし、場内に流れるは高らかなアナウンス。
【これより第○○回ライスボウル、アメリカンフットボール日本選手権を開催します。】
 待ってましたとスタジアム中から沸き起こる歓声と張り合うように、どどんと揚がるは特殊効果の花火と、大量に舞い散る紙吹雪。各々のチームの選手たちが次々に、紹介されながらグラウンドへと飛び出して来て、先に出ていたチームメイトたちとのタッチで意気を上げ合って見せている。今日のこの日、この舞台を迎えて、選手たちだって当然のことながら盛り上がっているに違いなく。2年振りに社会人リーグを制覇した古豪チームに続いては、大学リーグを制覇して、先だっては甲子園ボウルにて関西の雄をも叩き伏せた関東のの覇者、U大学の勇者たちが姿を見せた。
「クリスマス・ボウルを挟んだとはいえ、それでも…甲子園ボウルも“ついこないだ”って感じがするのにな。」
 あっと言う間にこのファイナルだもんな、目白押しってやつだよなと、チャンピオンの大変さへと感慨深げに“うんうん”なんて頷くモン太くんへ、
「そ、そそそ、そうだね。」
 何でだか大慌て丸出しの相槌を打つ、韋駄天ランニングバックくんだったりしたもんだから、
“…やっぱ、分かりやすい奴だよな。”
 そんな忙しい合間にも、何とか逢ってたらしき“彼ら”なりの事情とやらをご存じの、今日もまた黒づくめファッションで身を固めた金髪痩躯の主将さんが、そこはさすがに“内心にて”ながら、しょっぱそうな苦笑を洩らしたほど。十二月第一日曜に催されたクラッシュボウルの翌々週。関西で催された大学日本一決定戦“甲子園ボウル”はあいにくと、テレビ観戦となってしまって。しかもしかも、厳密には…あんまり“試合”を集中して観てはいなかった。そんなせいで翌日のスポーツ紙で試合経過の確認をしちゃったようなセナだっただけに、そんな風な“合いの手”になってしまったらしくって。妙に落ち着かぬ小さなエースのまごつきも、一緒に観戦にと運んだチームメイトたちに気づかれる前に…開会のセレモニーのために再び沸いた場内の歓声へと飲み込まれ、何とか誤魔化せた模様でございます。






            ◇



 日本のフットボウラーは、学生さんでも実業団選手でも、強けりゃ強いほど、クリスマスも年の瀬もお正月さえ“おあずけ”となる。例えば今年度で並べてみれば、

  大学生アメフト  関東代表決定戦(クラッシュボウル)
                    準決勝・11/23 決勝・12/04
           甲子園ボウル   12/18

 片やの覇者、社会人が戦う“Xリーグ”のプレーオフにあたる“ファイナル”が行われたのは、高校生の日本一決定戦“クリスマスボウル”が開催された 12/24と同じ頃だったそうだから、それから約10日後のこのゲームというわけで。
「まあそれを言やあ、サッカーもマラソンの駅伝も似たよなもんではあるけどな。」
 これが彼らのシーズンを締めくくる文字通りの“ファイナル”であり、ここへと出場出来ることこそが選手としての誉れでもある、天下分け目の頂上決戦。ここ数年は関西勢の天下ぽかったものを、まずは大学勢がU大の連覇で東へと呼び戻し、そうして迎えた本日のライスボウルでは、対戦相手の社会人チームも関東の雄。古豪でありながら、今年の布陣では特にランプレイが秀でており、一気に大量得点を重ねて畳み掛けるという戦法で、何と無敗のままに優勝してしまったから物凄く。
『勢いってのは近代スポーツにおいても馬鹿に出来ない要素だからね。』
 高校時代のデビルバッツがそうだったろう?と、大学へ上がっても尚のこと、その高校時代にしのぎを削り合った顔なじみ同士の輪がついつい出来てしまう競技場なぞにて。他の顔触れから常々言われ続けている伝説のチームの大立者さんが、面白くもないというしかめっ面のままに見下ろす常緑のフィールドでは。面白くないどころじゃあない、屈強な戦士たちが雄々しくも激しいクラッシュをぶちかまし、前半の大詰め、第二クォーターの終盤戦を押し合ってる真っ最中だったりする。
「…O産業、なかなか粘るねぇ。」
「まあな。今シーズンでランやパスが秀逸だったのも事実だが、本来はラインに重厚で粒よりの布陣をしいてることが自慢のチームだ。」
 スピード感や勢いという点では…このゲームだけを見るなら、むしろU大の方が上を行っており、
「お、抜けたかな。」
「いや、捕まるな。」
 片やはランナーの進行を食い止めるべく、相手を捕まえんとして突進し。片やは敵陣へとランナーが切り込むための道をこじ開けるためにと、楯になってギリギリまで踏ん張る。それぞれが抱えた屈強なライン同士の鬩ぎ合いという混戦の中、隙を衝いて飛び出した小兵のランニングバッカーが、金色のヘルメットをまるで弾丸のように煌めかせ、U大の陣地へと鋭く切り込んで行ったものの、

  ――― 瞬殺の鬼神が、疾風と共に襲い来る。

 どうやって駆けつけられるのかと、誰もが唖然としてしまうほど。どこにいた彼なのか、どういうルートで駆けて来たか、目視できっちり見届けていてさえ、その“現実”へ理解が追いつかないせいでの困惑に襲われる、正に“神業”レベルの瞬発力。一人だけ早送りで動いているかのように、一人だけ仕様のグレードが異なるエンジンで動いているかのように。それはなめらかに速やかに、標的の直進ルートの前へと立ちはだかり、たとえ躱されても動じずに、獲物へと容赦なく突き立てられるは、完殺の槍
スピア。相手ランニングバッカーが、威容に気圧けおされてか つい立ち止まるほどもの対峙の直後に、敢え無く どうっと引き倒されたその拍子。場内には声にならない溜息が、申し合わせていたかのような同時のこととて沸き上がり、そのまま嵐のような歓声へと塗り変わる。たった今叩き伏せた相手へさえ、一瞥も寄越さずに。次のセットでの自分の定位置へ、踵を返して立ち戻る勇者の、いかにも重厚で威容をたたえし大きな背中。冷然にして寡黙。まるで感情を知らない機械のようだとさえ言われていた、完全を完璧をだけ目指していた、日本最強のラインバッカーさんであるのだけれど。

  「…おや。」

 彼にとっての聖域、緑のフィールドにその身を置きながら、一体何に気を取られたか、お顔の角度が少々上がったような気が。表情までは残念ながら、フルフェイスも同然な形のヘルメットのせいで覗けない筈なのだけれど、
「そーか? 随分と間の抜けた顔してやがんぞ?」
「ヨウイチってば、相変わらずに“デビル・アイ”なんだから。」
 そんな装備のお人のお顔。それだけに留まらず、フィールドからかなりの上層に据えられたスタンドの上という遠距離からでも、十分見通せる驚異の視力を発揮した悪魔様へ、コートの首元へと巻きつけたマフラーに、顎先を埋めた亜麻色の髪の貴公子さんが、何とも言えないお顔になって苦笑する。とんでもなく眸のいいデビル様だってのは、百も承知な彼だからで。とはいえ、
「俺はともかく、あいつらだ。」
 淡い色つきのサングラス、細い鼻梁の上からひょいと綺麗な指先で持ち上げて、
「あんな遠くて、しかも試合中だってのに、お互いの顔なんぞが果たして判るもんなのかねぇ。」
 フィールドの上の鬼神様が見上げし先、自分たちからちょっとばかり離れてはいるが、同じブロックの観客席のとあるポイントには…寒さのせいでも、場内の熱気のせいでもなかろう、この中途半端なタイミングにて。見る見るうちに、耳やら頬やらを真っ赤に染め上げてく純情少年が約一名。あんの糞
ファッキン馬鹿やろが、万が一にも誰ぞにバレたらどうしてくれようかと、忌ま忌ましげに目許を鋭く眇めた金髪の悪魔様が睨みつけた、大学生には見えないくらいに小柄な男の子へと。こちらさんはむしろ、それはやわらかく笑って見せて、
「何 言ってるかな。」
 真っ黒なコート姿の傍らへと寄り添い、こっそりと囁いたのが、

  「そりゃあ判るさ。」

 だってセナくんと進なんだよ? どれほどの付き合いかは妖一だって重々判ってるくせにと苦笑をし、
「僕なんか、生中継の番組に出る時はサ、テレビカメラの向こうにいるヨウイチの視線までちゃんと判るんだから。」
 要らない付け足しをしたもんだから、
「くだんねぇことばっか、言ってんじゃねぇよ。」
 愛しの君はそりゃあ判りやすくもたちまちに、その眉をきりきりと吊り上げたけれど、
「おっと。大声出したり暴れたら、何で揉めてる二人なんだろって、それこそ余計な注目を浴びちゃうよ?」
 それでも良いの?と低いお声で囁かれ、
「う………。/////////
 おおう、これは一体どういう進化・展開があったやら。とうとう王子様の側がやり込めるケースもあるよな間柄になったらしい、こちらさんであったそうです、はいvv そんな間柄のお二人には、もしかしたならどうでもいいことかも知んないけれど。せっかくのお運びなんだから、試合観戦にもう少し集中しなさいってばサ。
(苦笑)






            ◇



 試合は結局、今期のXリーグを沸かせたブースター・ランナーさんたちが怒涛の波状攻撃であたっても、鬼神様の守りし関門を越えることはなかなかに敵わずで。後半にはインターセプトからの猛反撃が繰り広げられての、17−6という結果にて、U大チームが勝利して。

  「…進さん。」

 興奮冷めやらぬ観客たちが、それから主役だった選手や関係者たちが。そんな興奮の余燼を抱えたままにて、それでもぞろぞろと帰途へつく中。身支度なんてあっと言う間にこなせるはずの、無駄が嫌いでそりゃあ機敏なお兄さんが。何故だか…ホールのベンチにいつまでも居残っていたりして。屈強に鍛え上げられし見事な体格を保持しているのみならず、あれほどの威容と存在感を持つ彼が。不思議なことにはフィールドから離れると気配を消せて。ここがJRのコンコースの一角で、故郷へ帰る汽車の出発を待つ青年だと言われても通じそうなほどに、そりゃあそりゃあ大人しやかなもの。だってのに、またまた不思議なことには、あのね? 小さなセナくんには、すぐにも判る。どこに居るのか、それからそれから、こちらに気づいて…どんな表情を、その頬にその眼差しに、仄かに滲ませた彼なのかまで。興奮し過ぎでほっかほかに温もってしまったからと、コートは羽織ったままだったが、マフラーも手袋も脱いでいたセナに気づいて、おややと眉を寄せた進さんだったが、
「えっと、あのあの。こんにちは。////////
 まずはの“ご挨拶”に、ぺこりとお辞儀をした彼から、ふんわり香った匂いがあって。それへと誘われ、立ち上がりながら伸ばした大きな手のひらが…柔らかな猫っ毛が覆う額へとすべり込む。しっとりしているのは汗をかいたかららしく、
「楽しんで、もらえたのか?」
「はいっ!」
 もうもう、ずっと興奮しちゃってて。最後のあのランを止めてしまった進さんのタックルは、あまりの迫力に息が止まってしまったほどだったです。満面の笑みを隠さずぬままに、どれほどスリリングな試合を堪能出来たかを一生懸命に語ってくれて、

  「おめでとうございます。」

 辺りに人影は、もう殆どなかったけれど。それでもちょっぴり声を潜めて。それからそれから、優勝とくっつけなかったのは、誰かが此処にいる進さんに気づいたら困るから。それで短く言ったらば、

  「…ああ、そうだな。おめでとう。」

   ………はい?

 あ。もしかして、もしかしたらば。進さんたら別の“おめでとうございます”と混同しちゃったとか? やっぱり何だか、相変わらずな二人なようで。とりあえずはやっとこ“今期”に幕が下りはしましたが、次のシーズンが始まる春までは、どうかどうか好きなだけ、ほかほかと温もってて欲しいもんでございますvv





  〜Fine〜  06.01.04.〜01.06.


  *ライスボウル、NHKで生中継されてましたねぇvv
   深夜の録画中継じゃあなくて。
   例年は駅伝とかサッカーこそ観るものの、
   他のスポーツってあまり関心はなかったんですがね。
   こうまで堂々と扱われてちゃあ観ない訳には行かないってもので。
(おいおい)
   あれでしょうか、
   これもまた“アイシールド効果”ってやつなんでしょうかね?
(苦笑)
   でも、新学期セットってカッコで文房具がやっぱり出たのには、
   ちょっと腰が砕けましたよ、うん。
   『BLEACH』のが出なかったから、
   いくら何でも作品は選ぶわよねぇと油断していたら…。
   セナくんとか蛭魔さんが描かれた筆箱とか色鉛筆セットとかが
   机の上にごちゃりと乗っかってて、
   一体どうやって平常心で勉強しろと?
(こらこら・笑)

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